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  <title>welcome to my aquarium</title>
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  <modified>2025-04-05T21:50:54+09:00</modified>
  <author><name>myaquarium</name></author>
  <tabline>デザイン、リゾート、建築、本、映画、音楽、に関すること。myaquariummail@gmail.com</tabline>
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    <title>旭岳</title>
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    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>未分類</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202504/05/61/c0062361_21484268.jpeg" alt="_c0062361_21484268.jpeg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>初めての大雪山旭岳。ロープウェイから降りてそこに広がる光景は、想像以上だった。晴れていて風がなくともどこか恐怖を感じるような景観。]]></content>
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    <title>M&amp;Aのバリュエーションについて</title>
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    <issued>2018-07-29T22:23:00+09:00</issued>
    <modified>2018-07-29T22:23:42+09:00</modified>
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    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>think</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[もちろん、色んな見方があるのは理解しているのだけれども、、、最近、当たり前なんだけれども、意外と見過ごされがちなんではないかと思っていることで、結構確信に近いことが一つ、M&amp;Aのバリュエーションについてはあって。<br />
<br />
あれって、DCFとか手法はおいておいて、単純な話、例えば、１億円で買ってきて、１億円回収できまっせ、っていう話で結果的に終わっていることが多くないかなと。Equity投資の真骨頂がゼロになるかもしれないリスクに対応するリターンだとすると、直感的には、2倍くらいにならないと割に合わないのではないかと。つまり、1億円かけたら、2億円になって帰ってこないとダメなんではないかと。<br />
<br />
<br />
そうやって当たり前の話として考えると、M&amp;Aって、本当に買収することでその会社（もしくは自社）の創出キャッシュがかなりのリターン、1億円かけたら、毎年0.5億円位で、2年くらいで回収して、かつ、その後も3年くらいは同じ勢いで持つ、５年間で1億円が2.5億円くらいになってるってやらないと、いけないのではないかと。<br />
<br />
<br />
それくらいの腹づもりというか皮算用があったときにやるべきだし、そうでなければ、見直した方がいいというか。もちろん、その会社の価値がゼロにはならないでしょ？っていう前提があるのも分からなくはないのですが、でも、投資回収という概念について、1億円が1億円になって戻ってくることではない！ということは、当たり前なのですが、ものすごく大切なことな気がする今日この頃。<br />
<br />
<br />
そして、新規事業含めた事業ポートフォリオもおんなじで、利回りでいったら、50%とか、そういう「勢い」で考えてみたときに、見えてくることがたくさんあるような気もするのでした。それを下手に、10%とかでやってるから、うまくいかないというか、本質を見誤るのではないかと。。。マーケットのサイズであり、競争力だったり。<br />
<br />
<br />
ROICとまで言わなくても、単純にROIを考えること、その感覚が、日本を救うような気もする。<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>東南アジアの歴史</title>
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    <issued>2018-07-29T22:04:00+09:00</issued>
    <modified>2018-07-29T22:04:56+09:00</modified>
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    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>think</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[新書を久々に。『世界史序説』、『物語　ヴェトナムの歴史』、『経済大国インドネシア』の３冊を一緒に読んだ。<br />
<br />
<br />
学術的な評価は分からないけれども、確かに、支配ー被支配という構図の中で、歴史は確かに、歴史になるのだとは思う。国が滅亡するということは、支配ー被支配の関係が変わることだと思うし、そのタイミングでは、往往にして「戦い」があって、それが年表に掲載されることになる。そして、それが歴史の教科書そのものになる。<br />
<br />
<br />
それはそれで分かるけれども、釈然としないところもある。<br />
<br />
<br />
単純に侵略者の歴史というネガティブな意味合いでもう一度、帝国的発想を非難する、ということとも違うのだけれども、なんかもう少し違うフレームワーク、例えば、商業的な繋がりだったり、作物の伝播だったり、描き方次第で、もっと良い意味で、本質的なアジアの多様性とその背景としての稲作文化の繫りというか、ある種の同一性が、時間軸を加えて、よりダイナミックに浮き上がってきたりしないのだろうか、という気もする。<br />
<br />
<br />
ヴェトナムの歴史の中世から近世は、いつだったか読んだ、塩野七生の『ローマ亡き後の地中海世界』ではないけれども、申し訳ないのだけれども、ある意味退屈というか、本当に、ある種の「停滞」をそこに感じてしまうけれども、まあ、実際そうなのかもしれないのですが、そもそもが、今の国境線に収斂していくような描き方で照射しようということ自体が、そもそも無理なのではないか、という気もする。<br />
<br />
<br />
しかし、ヴェトナムの歴史の中で、東京義塾というものがあったことは、知らなかっただけに新しい発見だった。必ずしもその後の歴史を考えるときに、肯定的に捉えるべきかどうかは微妙だけれども、別に日本との繋がりが、ということよりも、それこど倭寇みたいな話も含めて、何というか、王様の野心で領土拡大！みたいな話では、何だか、結局、年表以上の歴史にはなっていない気がしてしまう。<br />
<br />
<br />
そのあたりの、中立的なというか、戦争だけではない、歴史を共有できると、アジアが何なのか？ということが見えてくるのではないかと思った。東洋文庫の逆というか、東洋が西洋をどう理解したか？あるいはしようとしたのか？ということを考えると、もしかしたらそれに近い感覚を手に入れられるのでしょうかね。。。別に共同体みたいな話でもないのですが、そうではなくて、実際、近代の国境線は、やはり当時は曖昧だったに違いないところもあり、同じように、もう少し、相互に影響しあっていた事実があるのではないかという気がした。そういう歴史を作れたときに、いろいろなことが超克で切るのかもしれない。<br />
<br />
<br />
引き続き、色々調べて読んでみようと思った。<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>久々に思ったこと</title>
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    <issued>2018-06-05T21:38:00+09:00</issued>
    <modified>2025-04-05T21:38:31+09:00</modified>
    <created>2018-06-05T21:38:19+09:00</created>
    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>think</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[与えることで人は初めて、満たされるのではないかと思う。もちろん、与えないことを与えるということもあると思うけれども与えられるだけではバランスが崩れる。欲しいと思う欲望をコントロールする方法は、欲しい気持ちを我慢することではなくて、与えることではないかというように思う。ピアノの曲を聴いていると自分で弾きたくなったり、サッカーの試合を見ていたら自分もプレーしたくなったり、人は自分を表現されることではなくて、自分を表現することで自分を取り戻す。だから、欲しいではなくて、与えること。見返りを期待するでもなく、ただ与えること、そして何より与える相手がいることの幸せを噛み締め、与えられる自分という存在を愛することが、とても大切なことではないかと思う。それが出来るか出来ないかで、人生は大きく違ったものになるのではないかと思う。自分がして欲しいことを相手にすること、相手がして欲しいことを自分がすること、その延長に、私があるようにすることは、きっと、尊い。]]></content>
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    <title>オススメされた本は必ず読む</title>
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    <issued>2017-09-16T20:32:00+09:00</issued>
    <modified>2017-09-16T20:32:43+09:00</modified>
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    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>book</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[本が好きだ。図書館とか本屋に行くとちょっと安心するのは、友達にカフェで会うような感覚に似ているからだと思う。あんな話を聞きたいなとか、こんな時は彼ならどう考えるのかな？とか。答えを探している時もあれば、ただ、話を聞きたいと思う時もあるけれど、いずれにせよ、コミュニケーションをとって自分を相対化させることが出来るから、という気持ちが根底にあるから、本屋に行くと安心するんだと思う。もちろん、直接あったことがある人が書いた本なんてほとんどないのだけれども、それでもそれぞれの本に書かれた書籍のデザイン、フォント、物理的な行間、といった視覚的な話から、言葉遣い、整理の仕方、結局、本の一冊一冊はまるで人格を持っているような、そんな気がする。<br />
<br />
だから、本を勧められるっていうのは、まるで、その人の友達を紹介されたような気持ちになる。ので、結構嬉しい笑。今度、一緒に飲みましょう、その人紹介したいんでっていうのとほとんど自分の中では一緒。そう思うので、勧められた本はほぼ例外なく読んでみる。もちろん、好き嫌いはあるけど、本を通じたコミュニケーションはそういう点でとっても自分は好き。デジタルになっても別にそれはいいと思う。ちょっと装丁の「個性」を感じられないけれど、でもインタラクティブさ今後そのギャップを埋める気もする。<br />
<br />
<br />
何か特別にすごくあったわけではないのですが、上司から勧められたのは、『老子の無言』。こんな本を勧められる年齢になったのだと思うけど、あまり先入観なく読んでみる。当たり前のことが書かれていると思うけれども、でも、大昔に書かれた言葉を、こうやって編集して解釈して行くというプロセスになんだかとても新鮮に感じられた。力がふっと抜けるような、そんな一冊でした。<br />
<br />
<br />
親から勧められたのは茅ヶ崎出身の大学の先輩ということで、『あるかしら書店』というか、ヨシタケシンスケ。ユニーク。でも本への愛情を感じられてとってもハッピー。<br />
<br />
<br />
同僚から勧められたのは、『40歳が社長になる日』。IT業界にいた中でいうと、なんとも珍しいことではないのですが、でも実際にこういうタイトルから、すごい！って感じる人がたくさんいることも事実なんだなと、これも新鮮。内容もなかなかその通り、ということが書いてあった。<br />
ただ、「社長」が目標になってもいいし、ならなくてもいいというところは、少し相対化して描いてあげてもいいかなと思った。個人的には、今の時代、社長というよりも、もっと素直に、役割としてのリーダーができる人がたくさんいるといいなと思う。マネージャーの時代から、リーダーの時代になっていて、そのリーダーの会社法的役割の一つが、社長なのかと。その前提である限り、社長は別に40歳でも、60歳でもあんまり本質的な問題ではない気がする。若者に任せるべき、という点は間違っていないけれども、逆に、高齢者の問題は高齢者が考えた方が課題解決に近づけることもあるだろうし。仕方ないけど、ちょっと煽りすぎなところが気になった。<br />
<br />
<br />
今度は、私が勧められるようにも、本屋通いは終わらないのでした。もうすっかり秋ですしね。読書の秋です。<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>安定中位</title>
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    <issued>2016-09-24T22:22:00+09:00</issued>
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    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>未分類</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[なかなか面白い分析だとおもう。確かに、日本企業のROEはとても低いけれども、それはリスクを取っていないからで、よくよく検討すれば、安定中位という見方もできると。他方、リスク選好をする国のROEは確かに高いけれども、リスクファクターを入れれば、失敗することも結構あるので、安定はしていない。つまるところ、リスクをどう内包していくか？ということが問われているということなのだろう。<br />
http://bizgate.nikkei.co.jp/article/116114518.html?n_cid=TPRN0016<br />
<br />
当時、ホテルでもRevenue Managementということで、収益の最大化を図るべく、稼働の低い日は比較的安く、需要の高いじきには高く売るといった工夫を行っていた。特に外資系ホテルの取り組みは非常に洗練もされているし、他のホテルとの価格優位含めて非常に先進的だった。一方の日本のホテルは、既存顧客を大切にするという面もあって、それほど大きな価格変動を伴う施策をとっていなかった。短期間では確かに外資系ホテルの方が、収益を最大化できているのだが、中長期で見ると、実は思ったほど日本企業と差がないみたいなこともあったような気がする。<br />
<br />
<br />
同じテーマでもないのだろうが、なかなか興味深い。<br />
<br />
<br />
ただ、イノベーションといった視点で考えると、結果的に新陳代謝が起こるということは、リスクリターンという以上に、席巻するというような視点も出てくるような気もするので、だから日本企業は優秀だという話でもないような気はした。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>始めることと止めること</title>
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    <issued>2016-07-03T21:59:00+09:00</issued>
    <modified>2016-07-03T21:59:23+09:00</modified>
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    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>book</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[冨山さんの『これがガバナンス経営だ！』を読んだ。<br />
<br />
とてもいい本だ。何より刺激的だ。馴れ合い経営をやめて、経営判断をする、つまり、儲かっていないものをやめる決断ができる経営を行うために、取締役会に社外取締役を入れて、しっかりチェック機能が働くようにすることが必要なことを、具体的な理由から積み上げていく。<br />
何よりこの本が好著だと思うのは、日本企業の問題点は、売上高利益率が低いことを明確に指摘している点だ。ROEという指標を見る中で、財務レバレッジや総資本回転率は欧米企業と変わらないのに、結局、儲けられていないことが低ROEに結びついている点を明確にしている。儲かることに注力せずに、過去の栄光に縛られ、既に過去の事業になっていることをいつまでもやっているということだ。そしてその背景にあるのが、機能していない取締役会であることを紐解いていく。<br />
<br />
<br />
経営は始めることではなくて、止めることなのかもしれない。もちろん新規投資は大切だ。総張りという状況自体は否定しない。リスクの絶対量が管理されている限り、より多くの新規投資対象があることは悪いことではない。問題は、その後だ。あるいは、既存の儲かっていない事業をどうするか？ということが重要なのだろう。<br />
<br />
<br />
本書で触れられていた伊藤レポートについても大変勉強になる。レポートが提唱するROE8%を目標とする経営手法は、レポートにある通り、その前提として長期的視点に立った株式投資を行う株主が欠かせないし、その意味でROE8%というのはあくまで投資家からの意見でしかない面もある。ただ、重要なのは、経営側が、その指標をベンチマークに事業の統廃合というダイナミックな経営判断を行えるかどうかだと思う。その意味で、恐らく今の株式会社日本が取り組むことは、過去の栄光事業を捨てて、本質的にチャレンジをすることだと感じる。諦めるのとは違うけれども、やはり昨今、不正会計が行われてしまった企業は、結果として、不採算事業を切り離すことをいわば強制的に行うことになったと思う。それは、実は他の多くの企業にとっては、強制力なく自分自身で取り組む必要があるし、場合によって痛みも伴うのだろう。ただ、それでも次に進む勇気が求められていると思う。<br />
<br />
<br />
ところで、本書では青木昌彦が何度か取り上げられていてそれはそれでとても勉強になった。宇沢もそうだが、制度比較の視点は本当に素晴らしい視座だと改めて感じた。今後、アジアの新興国などでもこういった研究蓄積が行われていくと、より大切なものが見えてくるようにも思った。<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>イギリスの離脱について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://myaquarium.exblog.jp/25754923/" />
    <id>http://myaquarium.exblog.jp/25754923/</id>
    <issued>2016-07-02T12:27:00+09:00</issued>
    <modified>2016-07-03T09:27:04+09:00</modified>
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    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>think</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[歴史的な背景で見ると、イギリスの離脱は必然だったのではないかと思う。むしろ、EUへの統合プロセスに入っていたことが長い歴史の中では異例なのではないだろうか？イギリスはシュンゲン協定に加盟していないし、商品、人、サービス、資本の移動の自由というEUの精神に対して、通貨統合も行っていないわけだし、そもそも問われるべきは、今後さらに加速的にEUヘの統合プロセスに参加していくのか？あるいは、やっぱり止めるのか？という話になったので、やっぱり止めます、ということになったのが、少し俯瞰した世界史に残る記述ではないかと思う。<br />
もっと言えば、単純に、商品、人、サービス、資本の移動の自由という意味だけで、あくまで経済マーケットとしての統合ということを目的にしているのであれば、それは、通貨ブロックという視点からもあり得た未来だったと思う。ただ、今回のように「移民政策」といったような「政策」について統一的なアプローチを取ろうとすれば、やはり無理が生じる。結局のところ、EUは、冷戦後、ロシアや中東から孤立する形で、まさに神聖ローマ帝国的発想で閉じこもった結果、ヨーロッパ以外の国から見れば、「大した」困難に過去直面しないまま運良くやってこれた３０年だった、というだけではなかったかと思う。<br />
今回明らかになったことは、EUという価値観は、当然絶対的な歴史的帰結ではないということだ。国民国家ですら融解しそうになっているからこそ立ち上がるナショナリズムの中で、戦争でないという状態の平和であることを善だとするならば、問題は、EUがどうか？ではなく、過去の植民地問題含めてヨーロッパが自制的に世界に対して開いていくことが求められる気がする。<br />
そしてそれは、まさに移民の受け入れ問題、ではなく、移民問題が発生している中東・アフリカ諸国に対して、過去の植民地政策を直視し、各国の産業を支援し、資源の使い捨ての発想をなくすことだと思う。<br />
あるいは、結局のところイスラムに対して、ヨーロッパがあくまで１５００年もの長きにわたる覇権争いとしてしか定義できないなら、やはりヨーロッパは域内自由という「都市国家」であって、むしろ高い防壁を築いて鎖国をしているとみられても仕方ない気がする。<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>知日という雑誌があること</title>
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    <issued>2016-04-10T18:20:00+09:00</issued>
    <modified>2016-04-10T18:19:35+09:00</modified>
    <created>2016-04-10T18:19:35+09:00</created>
    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>think</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[ＢＳ１スペシャル「私たちが日本を好きな理由～中国・変わり始めた対日観～」というのを見ていて、ハッとした。今の日本に、逆のメディアはあるのだろうか？ということについてだ。<br />
<br />
<br />
ドキュメンタリーで紹介されていたのは「知日」という雑誌だった。実際に、神保町の東方書店で中身も見てみたが大変驚いた。もちろん、中国語なので内容をきちんと理解できているわけではないのだけれど、かなり事実の積み上げを丁寧に解説しているように思えた。<br />
<br />
<br />
近年のクールジャパン、とかそういうことよりも何よりも、今、同じ視点を持って中国を見た雑誌というか、そういうものがあるのかがすごく気になった。自分にはパッと思い浮かばなかった。そしてそのことに大変なショックも受けた。日本を、外国の目を通して再発見することも大切だろう。だけど、それと同じくらい、あるいはもしかしたらそれ以上に、世界を、あるいは、中国を我々はどう見てきたのか？そして実際にどうなのか？ということについて、イデオロギーを極力排した形で再構築することがとても大切だと思う。<br />
<br />
<br />
ドキュメンタリーの中では、中国は、８０年代は日本との友好ムードが盛り上がり、比較的８０年代生まれはそういったことを実感をもって理解できているが、ソ連崩壊以降、中国が社会主義から民族主義に国家のアイデンティティを切り替えた結果、９０年代以降は反日が強まってきた文脈があると、知日の読者は語っていた。一方で、だからこそ、日本に実際に来てみた９０年代生まれの驚きが、本質なのだろう。<br />
確かに、実際に日本と中国は戦争をして、ある日本人が、ある中国人を殺したことは免れない事実だと思う。ただ、歴史は決してそれだけではなかったはずだ。善悪を超えた客観的な史実の積み上げと、必ずしも過去の延長ではない、現時点での冷静な事実の積み上げは、きっと尊い。その意味で、逆に、日本に、知日のようなメディアがないこと、そのことはボディイブローのように効いてくるのではないか？そんな危機感を感じたドキュメンタリーだった。<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>人は見たいものを見出す</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://myaquarium.exblog.jp/25475110/" />
    <id>http://myaquarium.exblog.jp/25475110/</id>
    <issued>2016-04-02T11:59:00+09:00</issued>
    <modified>2016-04-15T08:04:25+09:00</modified>
    <created>2016-04-02T11:59:29+09:00</created>
    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>think</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[コンサル時代、尊敬する先輩の分析に、沖縄輪廻論というのがあった。それは、沖縄に対する本土（敢えて表現すれば）の定義は、本土の想いそのものだったと。戦後、沖縄へ照射されていたのは、慰霊の旅だった。そしてその後、リゾートとして、言わば快楽としての沖縄があり、ちゅらさん以降は、癒しの島に。最近では、それは伝統だったり文化になっている気もする。つまり、沖縄に求めていたものは、日本人が精神性として、頼っていたもの。それを沖縄に照射していたのではないかと。<br />
<br />
<br />
同じことが、中国や北朝鮮に対する昨今の日本人の見方に現れているという気がどうしてもしてしまう。<br />
<br />
<br />
日本観光に来て日本礼賛をする外国人インタビューをマッサージとしてのメディアが垂れ流すことは、とどのつまり、自分たちの方に迷い、があるということにつながっていないか。<br />
あるいは、中国で粗悪品が出回っているとか、メディア統制が厳しいとか、あるいは北朝鮮が軍国主義だとか、そういう見方は、実は、自分たちの奥底にある不安をそこに照射していないか。<br />
なぜ、日本の桜が咲いた程度の話題を取り上げながら同じレベル感で、北朝鮮のミサイル発射をニュースは流すのか？その本質的な意味をあまりにも無自覚に我々は受け入れてはいないだろうか？<br />
<br />
<br />
政治というほど大げさな次元でなくとも、流石に真面目に考えていかないといけない気がするし、既存メディアや言論が、自らの矜持を崩す形で、正確なファクトの積み上げが今は必要なタイミングなのかも。<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>ベンチャーとしてのクラムボン</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://myaquarium.exblog.jp/25453764/" />
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    <issued>2016-03-27T11:01:00+09:00</issued>
    <modified>2016-03-27T11:01:00+09:00</modified>
    <created>2016-03-27T11:01:00+09:00</created>
    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>music</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[昨日は、昨年の６月以来のクラムボンのライブへ。クラムボンは、かれこれ20周年を迎えている３ピースバンドで、ボーカルの原田郁子、ベースのmito、ドラムの伊藤大助という個性あふれるメンバーが、ジャムってるシズル感のある音作りを楽しんでやっているところが特徴なんだと思う。imaginationという少し懐かしい曲でスタートしたライブは、いつも通りスタートしたと思ったのだけれども、確かに、会場案内を大助がしていたり、いつの間にか郁ちゃんのキーボードが変わっていたり、今思えば少しいつもとは違ったのかもしれない。<br />
そして、３曲終わったところで、個人的にはライブ初めての体験を。アーティストを議長団として、観客が株主総会という異例の２０分がスタートする。<br />
mitoが丁寧に２０年間、ワーナー、コロムビアというメジャーレーベルでお世話になったことを、そしてその中で、プロデュース、プロモーション、セールスといった伝手を学んできたことを朴訥に伝え始める。話は徐々にファイナンスの話へ。CDが売れた時にアーティストにはどれほど戻ってくるものなのか？mitoからすれば、その割合が少ない、という話がしたかったわけではなくて、自分たちがやりたいことをやるために必要な金額があるのだろう。例えば年間、CDの制作費とか、音源の機材とか、そして自分たちの生活の費用とか、それを補うために今の仕組みの中では、しかも2016年という既存の音楽業界のビジネスモデルが変わってしまっている中では、今のままの方法でそれを実現することは不可能だと。<br />
郁ちゃんが、それを受ける形で、だから、CDは直販を。そして直販会場としてのライブを自分たちで会社を立ち上げてやっていこうと決めたと打ち明ける。さらに、売ってくれる先も是非紹介してほしいと。<br />
もちろん、アーティストからこういう話を聞きたくないとか、ライブでは、音楽を聴きたい、という話はその通りだとも思う。でも、それにしても、なんと潔いというか、等身大の自分たちをさらけ出して、それでも、好きな音楽を作っていきたいということを、４０歳を超えて改めてライブの場で伝えられることは尊敬できる姿勢だと思った。<br />
<br />
<br />
もちろん、「戦略」は色々あると思うし、グローバルで売れれば違う未来もあるのだろう。だけどそのためには、やっぱりプロモーションだったりクリエイティブなこと以外にもっと時間を使うことになるのだろうし、仮に優先させることが、自分たちの音楽を限りなく広げていくことではなくて、まず作りたいものを作りたい、いわば職人としての境地に立つなら、それは一つの立派な「戦略」だと思う。有名シェフとしてやっていくのか、チェーン化していくのか、経営としては後者の方が秀でている面もあるのかもしれないけれども、でも、全員がその「戦略」を取る必要はないのも事実だと思う。<br />
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正直、ビジネスの世界で言えば、企業をスピンアウトして独立するという話は全然珍しくないし、それでうまくいく事例も沢山ある。だけど、彼らの世界では本当に清水の舞台から飛びおりる覚悟というか、前例があまりないことなのだろう。その意味でも、この2016年というスモールビジネスが大企業並みの武器を持って戦える時代という背景も踏まえて、クラムボン株式会社（実際には有限会社トロピカル）の実質株主のファンにはある種の責任すらあるような気もしてくる。<br />
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いつもよりも、とってもバイタルサインが心に響いたライブでした。<br />
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    <title>徳を積む</title>
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    <issued>2016-03-26T10:15:00+09:00</issued>
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    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>think</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[あの人は仕事ができない。という話になる時には、２つの背景があると思う。ひとつは、結果が出ない、という本当の意味で仕事というか、成果が出ないという事実。そしてもうひとつは、やり方が悪いという揶揄を含めた議論。そして多くの場合、前者だけで大きな問題になる場合は、トップマネジメント層だろう。確かに成果が出なければ、結局のところ、最終的に組織は疲弊するし、どういう形であれ、痛みを伴う改革が必要になるからだ。一方でよくある話は、後者で、突き詰めれば、「徳がない」という話なんだと思う。それは上司であれ、部下であれ、同じ論点に収斂する。<br />
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先日の全日空のシステム障害時に、現場では、紙での発券、搭乗後の手動での人数確認など、デジタルでの障害が起きた結果、アナログというか、昔のやり方を利用して、臨機応変に出来る限りのことをした姿勢に、賞賛の声が出ていた。恐らく、そういった場合に備えたマニュアル及び現場では訓練も行われていたからこその取り組みなのだろう。<br />
私自身も、搭乗してからの最終チェックで、不具合があり、機材を移し替える、といったことに２度遭遇したことがあるが、全日空の対応は本当に見事で、確かに時間は遅れるし、いいことはないのだが、現場のキビキビとした動きと、明確な乗客へのアナウンスやコミュニケーションには逆に、自分だったらあるいは自分の会社だったら同じように動けるのだろうかと？むしろ、反省というかそういう思いがしたものだ。ただ、たまたまだとは思うのだが、他のエアラインで同じことがあった時には、機長と整備士が乗客へのアナウンスを行い、整備士は単に表示計に不具合があるだけで実態としては問題がないので、飛行に支障はないと思っている、とそして、機長はそれでは不安なので現在調査をしている。みたいな説明を繰り返していてなんだか余計に乗客側が疲れるみたいなことも一方であった。要するに客からすれば、内部事情はどうでもいいし、誰の責任というよりは、その航空会社の機材に乗っているのであって、そっちの会社の中の都合など関係ないのだから、飛ばないなら飛ばない。飛ぶならいつどうなるかを知りたいだけなのだ。そして、飛ばないならその後の振り替えなどの話ができればそれで良いのだ。にもかかわらず、そんな状況が継続している中で、とりあえず１千円分の食事券を配布する、みたいなアナウンスが再度流れて、混乱の極みへ。。。１千円の食事券の問題ではないのに、そういう対応が尚更、感情を逆なでする。<br />
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規模は色々だが、同じことが起きても、その対応自体に「徳」があれば、結果的に損害は被っても納得するということは起き得るし、そこに「徳」がなければ、感情論として嫌いになってしまうし、そうなるとかなり問題は厄介だ。嫌いになった食べ物を好きにすることは結構難しい。なぜなら、そもそも嫌いだから、もう一度食べようと思わない。だから好きになるチャンスが訪れない。人にしても、商品にしても同じ話だと思う。<br />
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では、「徳」とはなんなのか。情けは人のためにあらず、自分のためだ、という話にどこか通ずる視点を持てるか？ということなのだろう。店員さんへ横柄な態度をとる。でも、その店員さんだって自分のお客さんかもしれない。その表裏一体の物語を、ビジネスライクな合理性ではなくて、人と人との関係値の問題として考えられるかどうか？がとても大切なことだと思う。部下や上司に対する対応も同じなのだろう。それはすべからく、人に対する対応に結果として差が出ないことにつながる。ただ難しいのは、この「徳」がいくらあっても、ビジネスの上では、必ずしも「成果」が出ることにつながらないことが厳然とあることだ。もちろん、両者があればいいが、成果を出すために徳が必要かと言われれば、あったほうがいいけど、なくても成果が出ることはあると言わざるを得ない。極論すれば、デイトレードに成功するために、徳は必要ないと思うからだ。<br />
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ただ、自分も含めて、ほとんどの人は、「徳」を積むことは、間違えなくお守りになる。成果は求めなくてはいけないけれども、貯金箱を持つように、「徳」の貯金箱に人知れず貯金できることは、価値があることだと信じたいし、これは、グローバルで役に立つ価値観だと感じる。<br />
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    <title>M&amp;Aで大切なこと</title>
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    <issued>2016-03-21T16:04:00+09:00</issued>
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    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>think</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[M&amp;Aで大切なこと。それは止めることが出来るカードをきちんと持っておくことだと思う。<br />
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兎角、買い手側が止めるカードを持っておくことはもちろん大切。ブリヂストンのタイヤ販売大手ペップ・ボーイズの買収断念などは非常に素晴らしい判断だと思う。M&amp;Aにおいては、という意味だけではあるが。M&amp;Aが失敗する理由のほとんどは価格が高すぎることから生じるように思う。だから、思っていたほどでないなら止めなくてはいけないはずだ。だけど、これが難しい。特にFAをつけていたり、下手に業績見通しに含まれていたりすれば尚更だ。ただ、思い返せば、買い手側にとって、M&amp;Aは所詮水物だと、始めた時はわかっていたはずだ。だからこそ、最後の最後まで、カードとして、買収できなかった時どうするか？ということは考え続けてなくてはいけない。<br />
一方でこれは、売り手側も一緒だ。シャープの例を見ていると、どこか決定的に間違った段取りになってしまっているような気がする。尤も、2016年の3月21日時点では、鴻海の方が結果的に交渉を有利に進めているようだ。なぜなら、もはや買い手として鴻海しか残っていない中での交渉をしているからだ。しかし、報道通り偶発債務が問題になっているのだとすれば、そもそも鴻海側のDDの甘さというか、もっというと、買収した後のシナジー含めた見積もりのずさんさがそこにあるような気もするし、業績見通しが出ないと進められないというようなことをこの時点で言っていることから、買った後のビジョンが明確にあるのか若干心配になる。足元の業績はもちろんとても大切だが、本当に重要なのは、ここまで来てれば、足元１〜２ヶ月の業績ではなく、その後の再生プロセスが順調に進められるかどうかに全てはかかっていると思う。<br />
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突き詰めれば、もしかすれば、それぞれの事業を必要な人に売却していくプロセスの方が、色々な意味で全ての関係者が結果としてハッピーだったのかもしれないと感じるし、それは今からでも、そうなのかもしれない。中途半端なM&amp;Aは結果として関わった全ての人を不幸にする気もする。ビジネスは確かに情も大切だが、それ以上に、明確なビジョンが必要な気がするし、今回のシャープの件には、大義がお互いにない気がするので、どうもうまくいかないように思えてならない。<br />
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    <title>数字</title>
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    <issued>2016-03-15T20:39:00+09:00</issued>
    <modified>2016-03-15T20:43:36+09:00</modified>
    <created>2016-03-15T20:39:09+09:00</created>
    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>think</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[数字に強いと周りにはおそらく思われている。本当に数え切れないくらい計算間違いはしてきたし、今もするし、きっとこれからもするんだと思う。ただ、とりあえず今、数字に強いか？と言われれば、強いと思うし、強くあろうと思う。もちろん、ビジネスでの話なので、この数字に強い、という意味は、暗算がすごいとかそういう話より、数字を読み解くこと、そして、数字を使って議論ができる、ということだと思う。<br />
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社員がとても忙しくて人手不足だから、人を増やそう。<br />
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というごく当たり前の意思決定とその判断基準がそこにある時、<br />
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とても忙しいってどういう基準なんだろう？<br />
人手不足ってどういうレベルなんだろう？<br />
実際にどの程度足りないんだろう？<br />
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この辺りまでのセンスは事業責任者には求められると思う。<br />
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実際、今の状況でそもそも無駄なことはないのか？<br />
タスクの整理をすることで凸凹を直せないか？<br />
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業務改善による方策まで考えて実行できると、ちょっと頭が抜けたマネージャー。<br />
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そもそも、今の利益水準から、人を増やして大丈夫だろうか？<br />
人ではなく投資することやアウトソーシング含めて少ない人員で回せる体制で事業化できないか？<br />
出来ないとすれば撤退基準はどこだろう？<br />
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とかとなると経営視点なんだろう。<br />
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というそれぞれのレベルで、それぞれ数字で考えられるかがとても大切だと思う。因数分解というか。<br />
その繰り返しが、突き詰めれば数字に強くなることだし、数字を使うことなのだと思う。<br />
<br />
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もう一つ、ベンチマークという自分の持っている価値観を相対化できることも大切かなと。つまり、例えば儲からない、という結論に至る前に、では、いくら儲かっていれば儲かっていることになるのだろうか？ということを持っておくというか。もちろん赤字じゃ話にならない、ということはあると思う。だけど、ではいくら儲かっていればいいのか？ということは大切だと思うし、その絶対額が達成できないような事業は、始めてはいけない気がする。そしてその絶対額がベンチマークとして相対化できているか？という視点も大切だと思う。<br />
<br />
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事業がうまくいくかいかないかは、運もあるし、熱意も大切。だけど、世の中で必要なことは、大成功だけではない。小さな成功の積み重ねも大切。そして、どちらかといえば、平凡なそういう小さな成功を支えている基本原則は、「数字に強い」ということな気がする。だから、どのレイヤーのビジネスパーソンも、数字に強いにこしたことはないと思う。<br />
]]></content>
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    <title>資料作り</title>
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    <issued>2016-03-14T21:14:00+09:00</issued>
    <modified>2016-03-14T21:17:56+09:00</modified>
    <created>2016-03-14T21:14:30+09:00</created>
    <author><name>myaquarium</name></author>
    <dc:subject>think</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[比較的、パワポで資料を作ることが多い。かれこれ１０年以上、説明資料を作ってきた。<br />
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途中、コンサルにいたので、その資料自体にある程度お金を払ってもらうということも経験できた。それは本当に大きな経験だったと思う。それも踏まえて。<br />
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<br />
良い資料とは、何か気づきがある資料だと思う。作り手からすれば、あれも言いたい、これも言いたい。読み手からしたら、もしかしたら、そこに自分の求めていた答え、そのものが描いてある資料が、良い資料なのかもしれない。<br />
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もちろん、作り手のアレも言いたい、コレも言いたいは、排除しなくてはいけない。結局は、読み手がどう感じるかが大切だから。確かに、言いたいことははっきりしていなくてはいけない。一方で、読み手の意に沿った資料であるひつようがあるかというと、それもちょっと違う気がする。<br />
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<br />
仕事で使う資料は、小説のように「ざらっと」した何かを残す必要もないだろう。だけど、相手が積極的にこれはなんだろう？と思わせる、そして、なるほど、と思わせる資料が、やっぱり良い資料だと思う。<br />
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その意味では、考えなくても、良いような資料は、私は良い資料ではない気がするのだ。少し落ち着いて話も聞いてみて、なるほど、と思える資料。そういう資料をやっぱり目指してしまう。意地悪なのかしら。。。あるいは、ちょっと考えてみて質疑もしてみて、結局、ついてこれないとしたら、読み手の問題もどこかあるような気がするし、それに付き合っていては、本質を見失うこともある。<br />
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もちろん、ごまかす資料もちょくちょく作らなくてはいけないので笑、いつもそんなに正論では済まされないのだけれども。でもやっぱり、資料は、作り手の真摯さと、読み手の頭の良さ、の２つがないと、活きてこない。<br />
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