デザイン、リゾート、建築、本、映画、音楽、に関すること。myaquariummail@gmail.com


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カテゴリ:design( 197 )

デザインのデザイン

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原研哉の『デザインのデザイン』の中で、欲望のエデュケーション、という話が出てくる。要するに消費者側のセンスを鍛えないと、デザインは角の取れた特徴のない平均的なものになると。日本車のデザインに特徴がないのは、日本人の好みを正確にトレースした結果。なので、消費者側のセンスを教育する必要がある、という話。
浜松町のモノレールからJRへの乗り換えの分かりにくさ、特に外国人には意味不明だと思う。そういうデザインは、教育も何もちゃんと直すべきだと。香港の空港からセントラルまでのアクセスを考えればよく分かる。
そういうのはユーザー目線でしっかりやりつつも、一方で、提供者側も消費者にきちんと対峙する、ということはやっぱりあってもいいのかなと思う。そういう意味でやっぱり一見さんお断り的な話だったり、一見さんは絶対入れないような店の構えだったりっていうのはやっぱり経営としても成り立ちえるし、それはそれで店が客を選ぶこともあるのだと思う。
ただ、そこでの問題は、ターゲットを絞りすぎると、ビジネスとしてはスケールしないということ。それでいいのか?という問いに、それでいい、と言えること、それが大切なのかもしれない。問題はビジネスの規模ではないことも沢山あると思う。そして、ようやくそういう余裕がある気持ちを持てる人が増えてきたのかなと最近思う。酒場放浪記が今の時代にマッチしているのだとすれば、そういうことかなと思う。

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by myaquarium | 2016-01-09 10:31 | design

銀座のイルミネーション

マロニエ通と中央通の四つ角、銀座二丁目の交差点は華やかですね。LOUIS VUITTON/2000年10月、Cartier/2003年9月、CHANEL/2004年12月、BVLGALI/2007年11月、とバブル崩壊後2000年代に入り、リーマンショックまでの間に出来ていたのですね。Cartierのビルは大倉本館だったりと由緒あるエリアですが、これからクリスマスまでの間は奇麗です。
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躯体は残しながらも、正にショーウィンドーの機能を更新して行く、建築自身がファッションそのものということが成り立つのは銀座ならではという気もします。表参道も地形が豊かで面白いですが、あまりにも車道で分離されている感が出ていて勿体ないですね。
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by myaquarium | 2013-11-04 18:12 | design

封筒の家

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版画家のツツミエミコさんのワークショップ「封筒の家」へ。このワークショップへつないでくれた高校の友達の縁(Kさん有り難う!!)で、大船渡のやっぺし祭りというイベントへも行ってしまったのだから、ホント不思議なものです。

震災後、アーティストとして何か出来ることは何だろう?と探していたツツミさんが、封筒を観て、ふと家に見えた、ということがことのきかっけで、このワークショップは始まったそうです。そして、この封筒の家を交換する、というところがみそで、被災地大船渡でも実際に多くの参加者がこの、ワークショップを体験しています。
ステンシルということで、小さな穴を空けて、そこに絵の具を落として、表現するという手法。穴をあけるのが意外と楽しくてとてもハマります。
交換出来ると言うのもホント素敵なシステムです。そして、交換することを前提とすると、自分も良いものというか、手を抜けない、というのもこのワークショップの仕組みとして非常に面白いところだと思いました。
是非皆様も機会がありましたら封筒の家を建ててみてください。
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by myaquarium | 2012-05-07 19:56 | design

毛越寺

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世界遺産の平泉へ。毛越寺しか寄る時間はなかったのですが、それでも価値がありました。
もう1千年も前なのに、古さを感じさせない普遍的でいて、とても情感のあるランドスケープだと思えました。池の回りから移り行く景観は様々な表情を持っていて、印象的です。出島石組などは、勿論抽象的ではあるけれども、荒々しさの対局にある、静寂と平和な空間構成を醸し出す、そういうバランスであると思えました。
州浜の曲線美と緑のインパクトは、何だか西洋的ですらある気がしました。非常に合理的な印象を与えるデザインで、ある意味ゴルフ場というか笑。自然らしさというよりは、魅せる、印象的なデザイン。これが1千年前のデザインでも古さを感じない理由だと思えます。
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by myaquarium | 2012-05-04 17:57 | design

日本のデザイン

なんと、、、10月は一度もブログを更新しなかった。時間が無かったのとは違うのだけれど、何かアウトプットすることが億劫だったのかな。FBやらtwitterやら別のメディアを利用していたということもあるのかもしれない。

ま、気を取り直して。ご愛読有り難うございます。

さて、『日本のデザイン』を読みました。久々の原研哉。思えば、『デザインのデザイン』を読んで、「欲望のエデュケーション」という言葉に出会い、なるほど確かに、マーケティングを精緻に行った結果、日本の車はある意味個性を失っている、つまり仮に日本車に個性がないと言うのであれば、それは日本人は車に対してあまりそういうデザインを求めていないからだ、という考え方に共感を覚えた訳ですが、あれから、もう数年の日が流れているのですね。さて、あまりの日本語入力の反応の悪さにATOKを入れてみました。あ、原研哉もようやくちゃんと出てきた笑。

さて、この「欲望のエデュケーション」、2003年に出版された『デザインのデザイン』の中では、日本車のデザインに対しては、ポジティブに評価していたし、同時にその日本人の感性も必ずしも否定的ではなかったと思う。だけれども、デザインという側面でそれをとらえたときには、たとえば高級セダン市場を見てみて、「こういうクラスのクルマに対する日本人の意識水準がドイツ、ヨーロッパに及んでいないことだろう」(p.136)というコメントも併記されており、「欲望のエデュケーション」という語感から言えば、欲望の質を高めること、そのためにデザインはもう少し挑戦;教育するという側面も必要ではないかという自制的な視点を持っていたと思う。勿論、『デザインのデザイン』が「デザイン」を「デザイン」するというメタ概念だとしても、テーマはデザインであり、当時、この指摘は十分に意味があったと思う。

そして、8年後、『日本のデザイン』の中で、当時触れられていた「欲望のエデュケーション」という言説は、その意味を若干異にしていると感じた。別に原研哉に変わっているじゃないか!と言いたいわけではなく、確かに時代が変化している、社会の方が変化したことに合わせている、と言えるのだろう。そここそが、「アート」とは異なって「デザイン」が「デザイン」足るところだとは思う。
改めてクルマをテーマに見てみると、原研哉は、クルマは日本ではステータスではなくて手段だと、従って、ダイハツのタントや、日産のキューブのように、最大限の空間性を持った燃費が良い自動車だと言うことで、まさに積極的に評価している。そして、「賢い小ささ」は、GPSと結びついた交通システムなどスマートシティといったプラットフォームに昇華することで、更に日本らしさの発展系になり得るのではないか?ということで、むしろ見かけの格好いいという「デザイン」よりも、実利はもちろんのこと、更に大きな仕組みまで含めたデザインが日本のデザインではないか?と問題提起をしていて興味深かった。

その通り、だとも思う。しかし敢えて言えば、日本が「進んでいる」ということは本当にそうなのか?という気もする。確かに引き算の美学、或いはシンプルさ、それは日本の良さなのかもしれないけれども、江戸時代の浮世絵を見て、そこに「羊羹」的な意味合いを敢えて見て取るべきなのだろうか?
或いは、「鎖国」的江戸時代観から、近代を評価してしまうことで、本当は色彩があった、もう少し言えばダイバシティ(国内的には個性ある藩制度並びに将軍と天皇、国際的にも管理はされていたものの実態のあった国際貿易)をやや、シンプルという名の白黒の世界で見てしまわないだろうか?という危惧がある。もしかしたら、日本が「進んでいる」という時代の単線的なイメージではなくて、それぞれバラバラな方向で且つ、バラバラなことをどう切ってみていくのかという複眼性が、実はリスク分散みたいな話にもなるのかなという気もする。

FB等のソーシャルメディア等も含めた射程を持って、デザインだと言えたら、もう少しジョブズの意義も見いだせたら、日本のデザインは変わるだろうか?このプロダクトに完全に引きずられた「デザイン」、それはそれで意味があるのだろうけれども、「クルマ」からではなく、「生活」や「生き方」みたいな視点から「クルマ」を定義できたとき、確かに日本のデザインは一歩前に進めるのかもしれませんね。
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by myaquarium | 2011-11-12 17:04 | design

メタボリズムという政治

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「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」というマルクスを引いて、壇上の八束はじめ、レムコースハース、御厨貴、東浩紀に対して、何故メタボリズムを笑劇として見ないのか?と挑発する磯崎新。
初めて生でレムコールハースを見に行った今回の森美術館のパブリックプログラム。9月17日かたスタートした「メタボリズムの未来都市展」のこけら落とし講演という位置づけ。ネイダー・ヴォスーギアンがいなかったためにやや「相対化」というところは弱くなってしまったと思うけれども、それでも現代の「前衛」たるスピーカーの持つ熱量に対して、主体/客体を超えた一体感が会場にはあったと思う。
それは、何故か?「答え」探しだったというほど分かりやすい話でもなかった。かといって、過去をどう定義するのか?ということがテーマでもなかった。ただ、未来を語る勇気を持つ必要性、それがテーマではなかったかと思うけれども、少なくともその点について言えば、思ったよりは東浩紀にせよ御厨貴にせよ、「前衛」ではなかった点が意外だった。『思想地図』の第2号もはっきり言えば結局安易なセンチメンタリズムが前面に出ただけの極めて自己満足な仕上がりになってしまっている。しかし、それは確かに最早知識人はいらない、という東なりの決意表明だったのかもしれない。内容は兎に角、石原作家都知事、猪瀬作家副知事という状態は、知識人とは別の文化人と言ってしまえば単純だけれども、表現という点について、どこか響くことがあってこそな現代の空気を描写していると言えるのかもしれない。

だからこそなのか、例えば建築家の言葉を、特にレムコールハースの言葉を聞いてみたかった。それは建築が実際にそこに出来たことのインパクトは、決して小さくないことを、ある意味メタボリズム運動を通しても見て取れるからだ。建築家の言葉の方が思想家と名乗る人の言葉より思慮深く感じてしまう現在に、知識人の衰退というよりは、言葉の力のなさに改めて驚く。

さて前置きはこの程度にして、シンポジウムの内容。軸としては確かに2つあったと思う。1つはメタボリズムは政治との蜜月によって日本では日の目を見たと言えるかどうか?2つ目はメタボリズムと政治を結びつけた媒体もしくは社会的な背景はなんだったのか?、このテーマについて、日本の特異性を海外との比較という視点でレムコールハースが引き受け、歴史という側面から御厨貴が論じ、東浩紀が現在から述べる、といった展開だったと総括出来ると思う。

レムコールハースがそもそもメタボリズムムーブメントに興味を持ったのは、近代以降で非西洋の初めて一定の影響力を持った建築運動だったからだと、そしてそれは戦後の焼け野原に対して、「未来」であったことが実は大きいのではないかと思う。戦後のドイツは、まず反省があったと。そして国内に分断という楔が打たれていた状態であったのに対して、日本は何よりもまず占領され、朝鮮特需等冷戦構造の中でむしろ未来を先に語れたのだろうと思う。ドイツはむしろ瓦礫をもう一度積み上げて過去と未来を繋ごうとしたけれども、そこが明治の超克なのか、日本はむしろ、過去を否定して未来をある種「安易」に語ることが出来る土壌があった、つまり歴史が断絶していたところに、メタボリズムムーブメントをむしろ受け入れる余地があったのだと。
そして御厨によれば、それは実際に「国土計画」という言葉にリアリティをもって体現され、下河辺淳という近現代史では珍しく、一貫して、日本の開発計画に関わって来た官僚というある種のパトロンを得て、メタボリズムは公共建築や都市ビジョンの中に取り込まれたという側面があったことを承認する。これは、戦前の結論であった植民地なしには日本は生きて行けないという資源ナショナリズム等の概念を、帝国主義的な概念なく日本国内で自活しなくては行けないという官僚の危機感とも言えるし、その体制的な視点という意味では戦前を引きずっているとも定義付けられるともしている。
東浩紀は、一連のメタボリズムムーブメントを媒介した「メディア」について問題提起をする。つまり、現代と比較すれば何故、官僚はメタボリズムを発見し、且つ一定の国民的同意を得ることに成功したのかと。結局この問題的が、国家が未来を語ることにリアリティのあった時代という当時と、未来を語る国家の恥ずかしさという現代との、社会的背景の違い、という結論への補助線と言えると思う。つまり当時は、マスメディアがメディアの主流であったし、さすがに戦争への強烈な反省の中で、例えば市民という言葉に力があった時代背景において、リアリティ即ち信頼がそこにはあったのだと。従って、マスメディアを通して建築家が発言することで、充分にそれは国家へも届いたし、国家も国家として未来を語る中で、一定のリアリティ;信頼があったのだろうと。

では現在は?

現在という空間性でさえ、本来は相対的なのだろう。だとすれば進化なのかは措いておいても少なくとも、過去と未来とに対して対置することで初めて現在を定義し、且つ現在の課題を把握出来るのではないかと思う。その点でメタボリズムの描いた都市像が、結局の所攻殻機動隊の中にあるところにある種の恐ろしさを感じる。しかし、未来を語らないこと、このことは確かに複雑な現代社会において(しかし、何故江戸時代より今の方が複雑だと言えるのか?とも思うけれども)何か責任を放棄しているような気もする。もし、人口増或は伊勢湾台風の被害に対する1つのビジョンがメタボリズムムーブメントだとしたら、人口減或は今回の震災に対して、改めてビジョンを、未来を提案することが必要な場面なのだろうと思う。もちろん、今やらなくてはいけないことはあるけれども、そのことと未来を語らなくて良いこととは別問題だと思う。考えようによってはメタボリズムを現代の日本は上手く現実に適応させて実現して来たとも言えるのではないかと。しかし、その思想的背景であり、社会的背景が現代では異なる。だから、確かに単純な評価では、笑劇になってしまうことは否めない。つまり、何が未来なのかを改めて語ることがやはり必要なのだろう。

しかし、本当に興味深いテーマだった。ここでも問題なのが「未来」「メディア」「戦略」であったことは1つの偶然なのだろうか・・・。
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by myaquarium | 2011-09-19 14:15 | design

コンビーフサンドの作り方

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コンビーフを缶から出します。因に、附属のネジマキのようなものを使って苦労してあけなくても簡単に普通の缶切りでも開きます。(負け惜しみ。だって、途中でちぎれちゃったんだもん)







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その次にタマネギとコショウ、マヨネーズを入れて良くかき混ぜます。









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ちょっと長めにトースターで焼きます。サンドウィッチにすると1954スタイルですが、今日はそのまま食べます。おしまい。
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by myaquarium | 2011-04-14 23:30 | design

ドミニク・ペロー 都市というランドスケープ

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Dominique Perrault Urban Landscape展。12月26日まで、ということで、ぎりぎり間に合った。Urban Landscapeと、都市というランドスケープ、ではちょっとニュアンスも違うけれど。都市の文脈は、「歴史」とか「文化」はもちろん欠かせないけれど、「地理的な背景」も一緒に読み解く、というのがなんか、今の自分のテーマには結構しっくりきた。特にソウルの梨花女子大学は、何だか、もの凄く印象的。それだけを見に、ソウルへ行こうかと思う位。

ブラタモリではないけれど、東京のように、結構高低差のある都市では、正にそういう視点があると面白いのだろうなと思う。というか必要というべきか。お茶の水駅横のお堀を江戸時代に治水のために人が掘っていたというのだから、自然のままだったかは兎に角、地形をどう読み解くのかというのは本当に大切だと思う。
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by myaquarium | 2010-12-23 17:26 | design

TOKYO METABOLIZINGを読みました。

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TOKYO METABOLOZINGを読んだ。明確な指針というところまでは行っていないけれど、でも現状を変えて行こうという意志と、一種のユートピアの精神性が、今の東京を語るにはしっくり来ている気がする。やっぱりどう考えても、9.11はやっぱり衝撃で、その一方で、とは言え結局あの出来事も遠い世界の異次元の話として捉えてしまっている東京では、むしろありふれた平和の中で、相変わらず「未来」だけがない。
「未来」って多分、「世代」とかと似ていて、ある種の共同体を前提として成り立つユートピアではないかと思う。その共同体が、多分今の東京には、やっぱりないのだと思う。だから政治にしても、どうしても、自分の延長にある物ではなくて、何か絶対的に遮断されたその「あっち側」の世界になってしまっている。
そしてその身体の遮断ということは、突き詰めれば、建築というか、「家」の問題にぶちあたるのではないか?という気がする。
「・家族以外のメンバーがいてもおかしくない
・家の外で暮らす機会がある
・隙間の再定義」 (p.42)
要するに家の機能をばらばらにして、もう一度再構築する、というかそういう意欲的な提言だと思う。意外と単純と言ってはなんですが、家の作りに共同体を入れてしまう、というのが、色んな今の東京の問題を解決する1つの道ではないかって言う気がする。自分がどこまでそれを先鋭的にやれるかは分からないけれど、イメージはあるので、きっかけがあれば十分なのかな・・・。
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by myaquarium | 2010-08-06 21:35 | design

LANDSCAPE DESIGN が、小さな町のまちづくり、をテーマにしている。

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考えてみれば、LANDSCAPE DISIGNというタイトルの専門誌が、「小さな町のまちづくり」っていうのをテーマにしているというのは、21世紀的な気がします。ここにも、鹿児島のマルヤガーデンズが掲載されていますし、素敵なことです。
星野やで有名なオンサイト計画設計事務所の長谷川さんとの対談で、山崎亮氏が公園のクライアントは住民であって、公園緑地課長じゃない、だから、「クライアントである住民の意見を聞かずにデザインするというのはおかしい」(p.117)っていうコメントが載っていて、これは結構面白いというかその通りというか。それをさらに進めてリゾートでもそういう取り組みってあっても良いのでは?っていうのって何だかなるほどと思ってしまった。

いやでもいづれにせよ、そういう視点でランドスケープが語られるというのは、1つの成熟があるのではないかと感じます。
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by myaquarium | 2010-07-16 22:46 | design