2008年 03月 23日
存在の耐えられない軽さ


『アンナカレーニナ』を手にしたテレザを妻としてむかえたプレイボーイな外科医トマーシュ。トマーシュ数多の愛人の中でも異彩を放つサビナ。そしてそのサビナを愛することになるフランツ。

プラハの春というか、ドプチェク政権が打倒されるという政治的なインパクトを物語の背景に、チェコ人としての作者クンデラは、チェコの置かれた孤立感と、当時としては恐らく挑発的な性描写と、そして、何より、テーマとして、永遠の回帰;永劫回帰=生への主体性を肯定する超人として重みを受けて入れて生きるのか、それとも、一度限りだからいいやと思い人生の軽さを謳歌するのか?を扱っている。それは、対ソ連に対して思うなら、体制批判に対する文書を更生するという踏み絵を踏まなかったトマーシュの生き様は重みをとっているとも言えるし、他方で、性の倫理観から言えば、誰とでも寝てしまうのだから軽さをとっているとも言える。

個人的には、なぜ、クンデラは『アンナカレーニナ』を、妻となるテレザに持たせたのか?が気になった。トルストイというか、ロシアに対する当てつけか?それとも、アンナが不倫の果てに自殺するという人生に対する重みを暗示するからか?

「幸福な家庭は皆同じように似ているが、不幸な家庭はそれぞれにその不幸の様を異にしているものだ」で始まる『アンナカレーニナ』。この言葉の家庭を国家に置き換え、テレザをロシアに置き換えて、トマーシュの自由さと思想的な面での重みを受け入れる側面をチェコだと読むと、ちょっと考え過ぎかな笑。

by myaquarium | 2008-03-23 22:05 | book | Trackback | Comments(0)
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